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『ネグレクト 真奈ちゃんはなぜ死んだのか』 [ノンフィクション]

杉山春『ネグレクト 真奈ちゃんはなぜ死んだのか』
小学館、2004.11、253p、1300-

第一章:逆境 1・雅美の孤独 2・いじめ・不登校・レイプ
       3・ゲームの子 4・カレシとカノジョ
第二章:出生 1・中絶、そして出産 2・雅美のしあわせ
       3・急性硬膜下血腫 4・笑わない娘、叩く父
第三章:発端 1・一歳半検診 2・戸惑う保健師たち
       3・弟はいい子なのに…… 4・買い物依存症
第四章:餓死 1・運命のミーティング 2・見逃されたチャンス
       3・たった一度の母への言葉
       4・段ボールの中の誕生日
       5・「あんたら、これでも親か」
第五章:法廷 1・殺人か遺棄致死か 2・現実感なき「愛のノート」
       3・よく似た母娘 4・最終尋問 5・智則の手紙
       6・上告棄却
あとがき


       
2000年12月、愛知県で3歳になったばかりの少女が餓死した。
身長89cm、体重わずかに5kg。死亡したのは段ボールの中。
少なくとも20日間近く、自宅の3畳間に置いた、段ボールの中に入れられていた。
両親は逮捕、起訴され、裁判では殺意の有無に焦点が当てられた。
少女が生まれたのは1997年11月、正常分娩で3058g。
両親はともに10代だったが、祝福され、愛された誕生だった。
それがなぜ、3年後にこんなことになってしまったのか、両親の生育歴から環境、事件に至る経緯、裁判の経緯を丹念にトレースするノンフィクション。
-----------
まず、事件の全容に愕然とし、しかしその事件が実にナチュラルに、まるでたいしたことじゃないことのように起こってしまったことに慄然とする。
両親はともに、祖母の代から3代続けて親との縁が薄く、金銭的にも愛情的にも恵まれない家庭環境だった。特に母の母は、著者のインタビューに対し、今回の事件は「私に起きても、私の母に起きてもおかしくないことだった」(211.8-9)と語る。
公的機関はところどころに介入するが、最終的な救いにはならない。現制度のニッチを突いたところに幼児虐待、特に育児放棄、があるからだ。ネグレクトに対する社会的認知が今ほどなく、現場での体制が整っていなかったことも、その理由になった。

事件への流れを追うと同時に、幼児虐待とそのメカニズムが解説されていく。
虐待は1・暴力的虐待、2・心理的虐待、3・育児放棄、4・性的虐待の4つに分類されるのが一般的だが、もう少し広い観点から、子どもに対する「不適切な取り扱い」maltreatment 全体を虐待とする考え方もある(53)。
その場合、例えば食事の仕方、排泄の仕方などを正しく教えられない、適切に育児をできない/していないことも虐待に含まれる。
さらに虐待はaddictionであるという考え方もある。自身の弱さに直面したくないために、アルコールや薬物に逃避するのがalcohol abuse、drug abuseの状態だ。同じように、現実から逃避するため、子どもを乱用するのが、児童虐待 child abuse である、というものである(89-91)。
また、虐待のメカニズムは、自身が適切な援助者を得られないまま成長し、他者を頼ることをできないまま、その子に自身が受けたことと同じことをしてしまう、という不幸の連鎖状態をいう。

複数の理由が重層的に影響して、結果少女は餓死してしまう。
検察側は取り調べの際、自分の考えていることを適切に表現できず、表現力に乏しい両親からある意味誘導的に供述を得る。
結果、かれらの未必の故意による殺意を認定するに至った。

逮捕、拘置された両親は、これまでの人生でやってこなかったこと、自身と向き合い、ことばを尽くして周囲とコミュニケーションを取り、自分の考えていることを説明する、という作業に直面する。
それはふたりの内面を成長させる一端にはなったようだが、その授業料としては、子どもひとりの命は高すぎる。しかし、最後まで、ふたりには、やや現実感が欠ける。

1審判決の、懲役に対して文句はないが、殺意、共謀があったとして殺人罪が適用されたことを不服として控訴→敗訴→上告するが、上告が棄却されて、ふたりは現在服役中である。拘置中に人間的に成長するという描写は、まるで革命が起こったあとのマリー・アントワネットみたいな感じがするけど、ぎりぎりのところで著者は、自身のかれらへの立ち位置を、クールなライターであるという場所からずらさない。
そのバランス感覚はなかなか秀逸。ノンフィクションはそうじゃなくちゃね。

児童虐待が、特異な家庭、特異な親による猟奇的な犯行などではなく、社会的に弱い立場の家庭とその構成員が、どこにも誰にも守られずに加害者/被害者になってしまう、そして往々にしてその構図は親から子へ受け継がれてしまう、という社会的構造をあぶり出した。
著者は「虐待のメカニズム」を広く認知させる必要がある、とあとがきに述べる。本書は、確かにその一端になるのではないかな。
よい本でした。

20080610借
20100813加筆修正

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元記事20080611




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『精神分析を受けに来た神の話』 [学術書みたいの 文化科学]

マイケル・アダムス『精神分析を受けに来た神の話 幸福のための10のセッション』
勝野憲昭訳、青土社、2009.1、210p、1900-

プロローグ
序 水先案内人
セッション1 ウェイクアップ・コール
セッション2 ある通院患者
セッション3 フラッド・ゲート
セッション4 限界点
セッション5 内なる旅路
セッション6 創造する者
セッション7 過去への扉
セッション8 閃光
セッション9 啓示
セッション10 祈り
神からのミッション
エピローグ
討議のための問いかけ
謝辞
訳者あとがき



精神科医リチャードの留守番電話に、予約希望のメッセージを入れたガブリエル。いちばん早い時間の予約を、という希望で翌日の朝9時に来院したかれは、リチャードにこう告げた。
「私は神です。神として私はここに憂鬱を晴らしに来ました」(21.14)

どん引きするリチャード。
リチャードもその恩師も、ガブリエルは「自分を神と確信する精神異常者」(189.15)と認識しているが、頭の回転の速いガブリエルと、神学、哲学、人間観などの会話をするのは楽しく、リチャード自身が多忙のうちに追いやっていた記憶や、若い理想を思い出すきっかけにもなるものだった。

キリスト教圏に生まれ育ったものの、学問や試作を進める中で、神または神的なものになんらかの疑念を持ち、そのことに罪悪感を抱くような経験があった人には、ものすごく琴線に触れる内容かもしれない。残念ながら、こうした人間存在と神的存在との拮抗や葛藤をよりおもしろく読むつもりなら、わたしには河合隼雄や岸田秀のほうが、知的ミーハーのアンテナをくすぐられる。なだいなだ『神、この人間的なもの』はさらにいい。

それと、訳文が、まるで報告書のようなこなれていない文章で、これも読後感に影響しているように思う。ウィットとエスプリに満ちたこの本の内容を十全に表しきれているのか、かなり疑問。かといって、原文で再読したいほどではないけれど。

タイトルがいちばんおもしろい、という印象は(実は)否めないけど、思考をくすぐられるよい本ではありました。
20101210借
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元記事 2010.12.31 Friday 10:46




約束の場所へ:小山宙哉『宇宙兄弟』 [コミック か行]

小山宙哉『宇宙兄弟』
1巻~12巻(講談社、2008.6~、以下続刊)




本気で宇宙を目指してる漫画があるらしいよ。
と、こっそり噂は聞いていたものの、なかなか手が伸びずにいた『宇宙兄弟』。
顧客のニーズと上司の抑圧の狭間でぶちきれた中間管理職の友人が帰宅途中に大人買いし、3回連続して読了した後「これうちにあると仕事にならないから」と里子に出されてきた。持つべきものはお財布の大きいストレスフルな職に就く友人である。

『宇宙兄弟』。
まずカバー紙がかわいい。ぱっと見はシンプルな白なのだが、光を当てると星とラメが七色に輝く。
ロゴの文字も軽いレトロ感と、メカニカルに堅い感じが出ていてよい。
帯をしたままだと背表紙で巻数を確認できないのが難点。
しかしこの帯がいちいち悪くないので、はずすのももったいないという心境だ。

本気で宇宙を目指してる漫画
で、
…本気で宇宙だよ…
という衝撃をまず受ける。
的場健『まっすぐ天へ』(講談社、2004)なみの直接さだ。あっちはイブニング、こっちはモーニング。朝晩対決やいかに(違います)。

人類の月面長期滞在が可能になっている近未来。
主人公の3歳下の弟は宇宙飛行士で、まもなく日本人で初めて月面に到着する。
その弟の悪口を言った上司に頭突きし、自動車設計会社を冒頭でいきなりクビになるのが主人公、六太だ。

少年の頃は弟とともに宇宙大好き少年で、宇宙飛行士になる夢を互いに抱き、相模原はじめJAXAイベントに通いつめていた主人公。しかしいつの頃からか自分の気持ちにブレーキをかけ、工学部卒業の後は自動車設計会社に就職し、勤務を続けていたのだ。一方、弟の日々人は自分の中にある「絶対」を信じ、JAXAの選考をパスし、NASAでの訓練の末、宇宙飛行士となった上、月面着陸クルーの一員に選ばれたのだ。

兄としてのプライドと、弟を守る兄でありたいという自負、いちばん近いライバルとしての葛藤。
うにうにと自分に言い訳をして動かない六太に、日々人がひとつ作戦をしかける。母に頼んで、JAXAの宇宙飛行士選抜試験に願書を応募させたのだ。
日雇いのバイトから帰宅した六太に、書類選考通過の通知が渡される。その日から六太の物語が始まるのである。

取り戻していく物語
とはいえこの六太、少年時代はかなりアグレッシブで、さまざまなことにチャレンジしていく熱い性格だった。寝食を忘れて勉強し、仕事以外ではさびついていた頭脳を磨きなおしていく。体力作りのために毎日走りこみをする。六太にとって宇宙飛行士への道は、まさに取り戻していく過程なのだ。
その過程で、自分の、宇宙へ行きたかった思いを、六太は思い出していく。そして、何故かれが宇宙へ行きたいのか、宇宙へ行って何をしたいのか、を繰り返し思い起こさせてくれるのは、恩人である天文学者のシャロン博士だ。
シャロン博士の名を冠した小惑星「シャロン」。地球からは小さな点としか見えないこの小惑星。しかし、空気のゆらぎのない月面に望遠鏡を建てたら。そこから見える深宇宙では「シャロン」の姿が美しく観測できるだろう。月面に天体望遠鏡を建てる。それが六太とシャロンの約束だ。

六太が宇宙を目指す途上では、いくつもの夢とさまざまな約束が交差する。父の難病を治せる薬を作るためSSLに搭乗したい医師、民間からの有人飛行を目指しベンチャーを立ち上げる60代、兄弟揃って月面に立つ約束をするエリート宇宙飛行士、宇宙を目指し炭鉱の町から飛び立った少年たち。その群像劇も見応えのあるものだが、それをいちいち説明するのは野暮というものだろう。
叶わぬ夢があり、夢にならぬ夢があり、あるいは人に嘲笑される夢がある。しかし、心の奥底にある「約束」が、かれらをして、何度も夢に向かわしめるのだ。

ムッタの造形
この「本気で宇宙を目指す」物語を読者に引き寄せているのは、主人公六太のキャラクタである。
六太は、クビにはなったとはいえ、乗用車の設計で何度も賞をとっているような産業デザイナである(そういう人材を頭突き程度で手放す会社はあるのか? という疑問は実はあるのだが)。
まず、母が勝手に応募した履歴書で書類選考を通過するのがすごい。普通落ちるぞ? 落ちたら話が始まらないが。
また、「エアそろばん」、消化器男事件はじめ、六太の映像記憶力は尋常ではない。動画で保存できる直観像気質だ。暗算力もただならない。
「コロコロムッタ」も、コミカルに語られてはいるが、同時並行してさまざまな作業を同じクオリティで遂行できる能力は、そうあるものではない。
「人よりシャンプーがよく泡立」つ天パの髪。ひょろひょろの体。弟と比べると、あまりかっこいい感じではない風貌と、へたれでみみっちい性格にだまされるが、実は六太はたいへんな天才くんなのである。

それなのに、俺は宇宙を目指す! というかっこいいモノローグには、お風呂アヒルとの入浴シーン。
JAXAの壁にかかる歴代宇宙飛行士の写真の眺め、ここは俺のスペースだ! と意気込むモノローグにはにやけた顔。
いくらでも決められるシーンでついはずしてしまう、ムッタのキャラクタが物語を身近にしている。
そして「元」少年漫画のセオリーにはずれない熱さ。
ムッタしかたねえなあ、と苦笑しつつ、美人を見るとどんな美人にも「おっ!」と思い、日々人との関係にもやもやし、細かいことを気にして枝毛を作り、ときどきはっとし、血潮をたぎらせ、また涙してしまうのだ。

こまごまと見どころと心寄せどころ
他にも、お父さんのトレーナーの胸の文章とか、お母さんの振り切れぶりとか(あの髪型は天パなのか?)、擬音とか、商品名とか、へんなところがいちいちおもしろくて飽きない。ものすごくファットな人のお昼ごはんが、それにふさわしいボリュームだったりね。
12巻が最新刊だけど、全体に★★★~★★★★。12巻は3つ。ぶちぬきで4つなのは9巻だけど、これはブライアンと金子信一博士のせいです。

ただのdreamer 人はいうけれど   この地上にあふれる全ては 僕に似た昔の誰かが 夢見てはかなえてきたもの  (TM NETWORK「Fool On The Planet」)


それぞれのポイントは違うだろうけど、1回以上の涙腺崩壊必至。休みの前日に箱ティッシュを傍らに置き、万全の体制でイッキ読みすることを推奨! 今年も展開が楽しみな作品だ。

1巻 2008.3、2010.6第11刷、222p、552-
2巻 2008.6、2010.6第11刷り、223p、552-
3巻 2008.9、2010.6第8刷、223p、552-
4巻 2008.12、2010.6第7刷、220p、552-
5巻 2009.3、2010.6第5刷、223p、552-
6巻 2009.6、2010.6第5刷、223p、552-
7巻 2009.9、2010.6第5刷、223p、552-
8巻 2009.12、2010.6第5刷、223p、552-
9巻 2010.3、2010.6第3刷、223p、552-
10巻 2010.6、247p、552-
11巻 2010.9、223p、552-
12巻 2010.12、223p、552-
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元記事 2011.01.07 Friday 15:10








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『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』 [ノンフィクション]

スティーブン・ウィット
『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』

関美和(訳)、早川書房、2016.09、p365、2300-

イントロダクション
1章 mp3が殺される
2章 CD工場に就職する
3章 ヒットを量産する
4章 mp3を世に出す
5章 海賊に出会う
6章 ヒット曲で海賊を蹴散らす
7章 海賊に惚れ込まれる
8章 「シーン」に入る
9章 法廷でmp3と戦う
10章 市場を制す
11章 音楽を盗む
12章 海賊を追う
13章 ビットトレント登場
14章 リークを競い合う
15章 ビジネスモデルを転換する
16章 ハリポタを敵に回す
17章 「シーン」に別れを告げる
18章 金脈を掘り当てる
19章 海賊は正義か
20章 法廷で裁かれる
エピローグ



ほんまにこれノンフィクションなの?という感じがする。
淡々とした文章だが、ひじょうにスピード感があり、一気に読了。

レビュアーも真っ青の大胆な訳者あとがきが、ほぼこの本の構成を説明しているので、
気になる人はあとがきから読んでください。
ただ、こうして改めて章立てを見ると、
確かにこの3人を順番に主人公にして展開していっているんだな。

原題の
HOW MUSIC GOT FREE
THE END OF INDUSTRY, THE TURN OF THE CENTURY, AND THE PATIENT ZERO OF PIRACY
にあるように、つまり、時代の変わり目だったのだ。
既存のやり方ではやっていけなくなったのだ。
それがどのように、何によって「やっていけなく」なったのか、
丹念に追いかける丁寧な仕事。

mp3が「役目を終えた」宣言をした今読むと、しみじみできること請けあい。
Tom's Dinerていい曲だなー。


誰が音楽をタダにしたか。
誰が音楽産業を殺したか。

邦題の副題では「巨大産業をぶっ潰した男たち」と呼ばれているが、
実は犯人は、この本の中では、常に示唆されるけれど、明示はされていないと思う。

つまり、どんな技術があっても、
違法ファイルをアップする人々がいても、
それを消費する人々がいなければ、拡散しない。
「シーン」も競い合わない。

タダで聞ける音楽がある。
違法かもしれないけどタダだしみんなやってるし。
ユーザたちの「ネットというインフラを食いつぶす自覚なき行為」(byクゼ・ヒデオ)の果てに、
斯くして創作物であった音楽はタダになり、
巨大産業であった音楽産業はぶっ潰れた。

誰が音楽をタダにしたか。
誰が音楽産業を殺したか。

「それはわたし」と名乗りを上げられる、自覚ある殺人者はいない。
そのことに愕然として、音楽の零落と音楽産業の衰退を目の当たりにして、
わたしたちは立ち尽くす。
かわいそうな音楽(業界)の、おとむらい鐘を聞きながら。





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『朽ちていった命 被曝治療83日間の記録』 [ノンフィクション]

NHK「東海村臨界事故」取材班
『朽ちていった命 被曝治療83日間の記録』

新潮文庫、2006.10、221p、438-
初出:『東海村臨界事故 被曝治療83日間の記録』岩波書店、 2000.10

被曝 一九九九年九月三〇日
邂逅 被曝二日目
転院 被曝三日目
被曝治療チーム結成 被曝五日目
造血幹細胞移植 被曝七日目
人工呼吸管理開始 被曝一一日目
妹の細胞は…… 被曝一八日目
次々と起きる放射線障害 被曝二七日目
小さな希望 被曝五〇日目
被曝五九日目
終わらない闘い 被曝六三日目
一九九九年一二月二一日 被曝八三日目
折り鶴 未来
あとがき
解説:柳田邦男



JCO東海事業所勤務の大内久は、ここ茨城の生まれ育ち。
実家の敷地に家を新築して、妻子と住んでいる。
1999年9月30日、出勤してから転換試験棟という場所で作業開始。
核燃料サイクル開発機構の高速実験炉「常陽」で使う
ウラン燃料の加工作業である。
上司と同僚の3人で13日から作業に当たっており、
今日はいよいよ仕上げの段階だった。
まずステンレス製のバケツの中で溶かしたウラン溶液を濾過する。
その液を沈殿槽という大型の容器に、漏斗で流し込むのである。
途中で上司と交代した大内が右手で漏斗を支え、
同僚がそこにウラン溶液を流し込む。
バケツで7杯目、最後の溶液を流し込み始めたとき、青い光が走った。
臨界。
大内たちは、その瞬間中性子線を被曝した。
放射線の発生を知らせるサイレンが鳴り響いた。
上司の「逃げろ!」という声で大内たちは更衣室へ逃げ込み、
その直後に意識を失った。

千葉県の放射線医学総合研究所へ運び込まれた大内は、
最初、被曝量を8シーベルト以上と推定されていた。
IAEAの被曝量推定によると、
8シーベルト以上の被曝をした人間の死亡率は100%。
その後の染色体検査などから、最終的に大内の被曝量は
20シーベルト前後とされた。
これは普通の人の年間限度量の2万倍に達する。

大内には造血幹細胞移植が必要と判断され、
東大病院救急部への転院が決まった。
搬送されてきた大内の外見は、火傷を負った右腕以外に
大きなダメージも見られず、意識レベルもほぼ正常だった。
担当になった医療スタッフたちが、もしかしたらよくなるのでは、
治療したら退院できるのではないか、と思う程だったのだ。
救急部の看護婦長は、その日の看護記録の中に
「最終的な目標:ICUを退出できる」と書き込んだ。

その後、大内の容態は日に日に悪化してゆく。
新陳代謝で表皮の細胞がはがれ落ちても、
放射線によって破壊された染色体は新しい皮膚を造れず、
真皮がむき出しになってゆく。
乾燥を防ぐため輸液をし、全身を包帯で覆うが体液の浸出は
日に2リットルをこえる。
組織が新生されないのは内臓も同じで、粘膜は次々はがれ落ち、
下層がむき出しなって、消化管には血液がたまってゆく。
自発呼吸も阻害され、意識レベルも低下してゆく。
妹からの造血幹細胞移植もおこなうが、細胞は定着しなかった。
次第に朽ちてゆく体。
必死でそれを食い止めようとし、そのたびにそれが、
単なる時間稼ぎでしかないことを痛感させられる医師たち。
疲労してゆく家族、徒労感にさいなまれる医療スタッフ。
1999年12月21日、享年35歳。
死因は「放射線の大量照射に起因して一次、または
二次的に惹起された他臓器の機能不全と推定される」とされた。
2000年4月27日、被曝211日目、大内とともに被曝した
同僚の篠原も死亡、享年40歳。
同年10月、事故当時の所長らが業務上過失致死の容疑で逮捕された。
-----------
東海事業所でのウラン燃料の加工作業は、本当のマニュアルを
簡易化した、あまりに安全性に欠けていたものであったこと、
作業の危険性を大内ら作業員はほとんど教育されていなかったこと、
日本の電力の3分の1は原子力によるものなのに、高線量の被曝、
特に臨界事故などによる中性子線被曝の治療についての研究が
日本ではほとんど研究されていないこと、
原子力防災体制の中の、被曝治療の位置づけが非常に低いこと、
国の法律にも、防災基本計画にもその制定に臨床医が関わっておらず、
医師の視点=「命の視点」が決定的に欠けていたこと。

この事故は、大内の死は、それらの大きな問題をつきつける。

原子力安全神話という根拠なき自信のもとで、安全対策が軽視され、
現場が危険に曝される可能性を、想定していなかったJCO。
しかしそれは翻って、そのようにして作られた電力を消費する
われわれ自身にも突きつけられる課題なのである。
首都圏でありながら、人口密集地ではない茨城県に作られた
JCO東海事業所。
または過疎地の海岸沿い、鹿児島、佐賀、愛媛、島根、若狭湾沿岸、
新潟、福島、宮城、青森、北海道…

目に映らないことを、自分が知らないことを、
言い訳にしてはならない。と痛感する。

淡々としたドキュメンタリで、悲惨な現場を直視しつつ、
憤りつつ、それを端的に表に出さない姿勢に好感。
2009.4古書で購入。

こちらも詳細です:
Heaven or Hell?「朽ちていった命~放射線被曝とはどういうものか


元記事2009.05.29





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ぼちぼち公開

しばらくの間、過去blogから再録する記事と、
新たに書く記事を綴れ織りでお送りします。
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『サイバーストーン』 [ノンフィクション]

松島如戒『サイバーストーン』
毎日コミュニケーションズ、1997.07、191p、1500-

プロローグ
第一章 究極の墓サイバーストーン
第二章 「お骨レス」とサイバーストーン
第三章 サイバーストーン効果
第四章 「墓革命」は葬式を革命する
第五章 「お骨レス」以前のサイバーストーン
第六章 サイバーストーンはこんなに使える
第七章 死後の供養の文化革命
第八章 サイバーストーンビジネスの興隆
第九章 インフラとしての生前契約
第十章 お骨よ、さようなら、御髪よ、こんにちは
エピローグ




あああ、なんじゃこりゃ、興味深いつか、けったいな本を引き当ててしまった。

巣鴨のお寺さんのご住職が提唱するネット墓「サイバーストーン」。
人口減社会で、先祖の墓の維持管理は現実的でなくなっていく。
また、大仰な墓石を建てる個人墓ってどうなの、といった疑問と
かれの中の哲学が魔融合されて生み出された発想。

納骨墓と墓参するネット墓の両方を運営する段階を「両墓制」と称するのは、
何だかそれでいいような、ものすごく違和感がある気もするけども。

個人的には、過去帳の電子化、というのがおもしろい。

おもしろいのは、これが1997年に提唱、実装されているところ。
世間はダイヤルアップでしたよ!
先見の明があるのか何なのか、これからの展開が気になるところ。

このお寺の現在のサイバーストーンぐあいはどうなっているのかな、と検索。
http://www.haka.co.jp/
ネット墓参は、含まれてはいるけれどメインではないような。

しかしこれ、丹念に辿ったら卒論くらいにはなりそうなおもしろいネタ。
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『死を悼む動物たち』 [学術書みたいの 複合科学]

バーバラ・J・キング『死を悼む動物たち
秋山勝(訳)、草思社、2014、304p、2200-

プロローグ 動物たちの悲しみと愛について
第1章 死んだ妹を探して―猫
第2章  最良の友だち―犬
第3章  農園の嘆き―馬・ヤギ
第4章  悲しみがうつを引き起こす―ウサギ
第5章  骨に刻み込まれた記憶―ゾウ
第6章  死んだ子ザルを手放せない―サル
第7章  チンパンジーのやさしさと残酷さ
第8章  愛と神秘を語る鳥たち―コウノトリ、カラス
第9章  嘆きの海に生きる―イルカ、クジラ、ウミガメ
第10章 悲しみは種を超えて
第11章 自殺する動物たち
第12章 霊長類の嘆き
第13章 死亡記事と死の記憶
第14章 文字につづられた悲しみ
第15章 先史時代の悲しみ
おわりに


人間以外の動物が、仲間の死を悼み、その不在を悲しむそぶりを見せることの意味は何か。
動物も人間のように死を悼むように見えるが本人たちに直接聞く事ができない以上、人間が、人間の文化に照らして「悲しんでいるように見える」といい続けているだけである危うさを、著者は自覚しながら、ずいぶんと「動物も悲しむ」派に立った論を展開する。

いくら動物同士がお互いを認識し、その死を悲しんでいるとしても、そこに配慮できる余裕が現在の人類の多くにはないかもしれないね、とすごく冷めたことを思ってしまった。動物たちは互いを、世界を、どのように認知しているのだろうか。

全体的にものすごくエモーショナルな文章なのだが、原文もそうなのかな。訳者はずいぶんロマンチックなあとがきを書いているけれど。







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イビッド・ウォルトナー=テーブズ『排泄物と文明』 [学術書みたいの 複合科学]

デイビッド・ウォルトナー=テーブズ
『排泄物と文明 フンコロガシから有機農業、香水の発明、パンデミックまで 』

片岡夏実(訳)、築地書館、2014、222p、2200-

序章 フンコロガシと機上の美女
第一章 舌から落ちるもの
第二章 糞の成分表
第三章 糞の起源
第四章 動物にとって排泄物とは何か
第五章 病へ至る道―糞口経路
第六章 ヘラクレスとトイレあれこれ
第七章 もう一つの暗黒物質
第八章 排泄物のやっかいな複雑性とは何か
第九章 糞を知る―その先にあるもの




生き物の排泄物と、それをどう見るかが、生態系の持続可能性にいかに関係するかを機知に富んだ文章で読ませる200ページ。動物の排泄物が何で構成されていて、その場所で何者によって分解、利用されているか、そのサイクルがその場所にとってどのような意味を持つのかを丁寧に説明していく。

結論としては、排泄物の扱い(≒処理、利用)はたいへんローカリズムに影響され、そのため対処法も一様でないということ。特に一極集中型の産業と、排泄物のエコな扱いは相性が悪い。何しろ地球上で最も大量の排泄物を排出しているのは、大都市(人間(とペット))と大規模畜産農家なのである。

その産業のあり方を見直したり、あるいは人口が集中する都市で実現可能な方策を考え、実行していかないことには、われわれの子孫に、持続可能性のある地球を残すことはできないだろうという考察。ただし著者は、事態に絶望はしていない。

全体の趣旨とはややずれるが、鳥インフルで死んだ大量のニワトリを堆肥化する話などはたいへん興味深い。堆肥化の過程で発する熱は60度を超え、これは鳥インフルエンザウィルスを殺すことができる温度だという。ちょっとしたこれらの知識と技術とがあったら、思いがけず低コストで処理できる事案はどれほどあるのだろうと思ってしまう。
人類の多くは、同胞の遺体を積極的に肥料にすることは、どうもこれまでしてきていなかったようだ。人口が増えるということは、その分死者の数も増えるということで、そこに発生する遺体をどう処理するか、排泄物と同様に、熟考する時間はあまりなさそうな問題だなあとふと思う。

ともあれ一読に値する本。全体にうんことか糞とかshitとかがまぶされており、つい吹き出してしまうこともしばしば(むしろ若干くどいくらい)。ノンブルのフンコロガシも凝ってる。デザイナは楽しかっただろうな。訳文の「うんこ」と「ウンチ」の使い分けはちょっとよくわからなかったんだけど、原文でも分けてあるのかな。




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